野地木材工業株式会社

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スタッフブログ

大石君のノジモクツアーレポート

皆さんこんにちは。専務の野地伸卓です。
昨年末、早稲田大学で特別オンライン講義をさせて頂きまして、それを聴講してくれた学生が「実際に熊野へ行き林業の現場がみたいです!」と連絡をくれたので、学生向けのじもくツアーを開催しました。
参加してくれた学生のひとり、大石君がレポートを送ってくれたので紹介させて頂きます。

いや〜、情熱ほとばしる若者の行動力と学ぶ姿勢に、大人の僕が学ぶ部分も非常に多かったです!


◯プロフィール

大石 耕太朗
21歳 (平成11年生まれ)
早稲田大学 四年生 専攻: 建築学科 建築計画専攻
神奈川県三浦郡葉山町 で生まれ育つ
神奈川県立湘南高等学校 野球部出身 (ポジション:ショート)

◯動機・きっかけ

私が野地専務を知るきっかけとなったのは、2020年12月の大学の授業。専務は特別講師として、専務が感じる木材関連産業の課題についてのオンライン講義をしてくださった。第一印象は、オンラインの講義のスキルたかっ!だった(笑)大学の教授をも差し置くカメラワークに、適度な照明構成により背景に映る木質空間がとても映えていて、思わず聞き込んでしまうような印象を受けた記憶がある。

 その講義の内容は、「林業と建築業を結ぶ」というものであった。林業家は建築のことを考えられていない、同様に建築家は木のこと森のことを考えられていないが故に、産業の至る箇所に多くのロスが生じ、結果的には日本人の木離れ森離れを促進させてしまっているという事実を知る。そして、その講義内で「のじもくツアー」の存在を知り、その課題の実態を自分の目で感じたい、建築を学ぶ者として木材のことを知らないと本質的になれないという使命感から、このツアーに参加することを決めた。

 結果的に、この動機で参加し、自分の考えていた以上の経験、価値観、学びを体で感じられた。世間はコロナ禍ではありますが、実体験の重要性、不可欠性を改めて痛感した経験でもあり、専務を始め、このツアーの開催にご協力してくださった方々に深く感謝しております。

◯日程と内容

当初、2月の最終週の土日で計画されていたツアーですが、コロナの蔓延でやむを得ず延期。なんとか3月の末に開催を決めてくださり、挙行されたツアーは3/25~27の三日間で、自分の大学の同期の二人と合計三人で参加させていただいた。

*大まかな日程
3/24 移動(東京→名古屋)
3/25 移動(名古屋→熊野市)・原木市場と製材工場見学
3/26 熊野“地”の自然見学(大丹倉、千枚田、温泉)、湯の口温泉
3/27 熊野“水”の自然見学(熊野を海から眺める周遊、那智の滝)・移動(熊野市→東京)

*ツアー日程 詳細

【3月24日(水) 】

ツアー0日目。この日は学生らしく、青春18切符で、寄り道をしながら移動。早朝に関東を出発し、東海道本線で1日かけて名古屋まで。人生初めての青春18切符での旅行で、道中を堪能した初日となった。

この頃は鈍行に乗ることが減ってきていたが、鈍行でゆっくり旅すると感じることは、日本の国土のほとんどはこのような田舎の風景が溢れていて、街に人間らしい豊かさが存在しているということだ。そして同時に、東京という地の異世界感も感じる。そしてわかった、やはり田舎で育った自分は、この景色が、この空気が合うんだ!と。

下車した駅は焼津駅、島田駅、浜松駅(静岡県)

↑焼津港
↑蓬来橋

【3月25日(木) 】
ツアー1日目。またまた青春18切符を使って、名古屋を早朝に出発し、熊野市まで5時間。天気も良くなく、熊野の辺鄙さを感じつつ、そのはてなる道の先に待つ「熊野」への期待感を抱いていた。

↑熊野までの道中

昼過ぎに到着した熊野市駅で、専務と合流。車に乗り、最初に知った事実、それは「のじもく」(野地木材工業株式会社)のことを知らない熊野市民はいないらしい。それだけ地域貢献度の高く、かつ地場産業として注目されているのだろうと慮る。

最初に宿泊施設「きのもり」にチェックイン。

このツアーのいいところ:宿泊施設から木を感じられるところ!!!

↑熊野産の無垢材で作られた美しい空間 「きのもり」 木に細く切り込みを入れることで、空間のデザイン的魅力となり、細いいくつもの木を使っているかのように見せている

その後、原木市場と製材工場を案内してもらった。

<原木市場>

↑熊野原木市場 木の太さごとに整理する作業中

木が、天然の製品(自然物)であることを理解した。規格化された建材へと変わる前の木を見て、これらが柱や梁となり、数十年もの間、住宅を支え続ける不可欠な材なのだと感じ、この木たちを待つその先の工程がさらに気になった。

また、同じ木でも、太さ、年輪の緻密さ、健康状態によって、立米単価に大きく差が生まれることも学んだ。

↑立米単価42万円の木! 数字は、上の420が価格、下の225はどの製材所が競り落としたかを示す。
↑反対側の木の断面部分には、断面の一番短い部分で測った直径R(cm)が書かれている

ちなみに、木材の立米の計算には、木の太さが均一でないという理由から円周率が用いられず、

R×R×長さ

として近似的に計算されるそう。

例)R=50cm、長さ4mの木材がちょうど1立米(m3

原木市場では毎月5日と20日に競売が行われ、製材所が買い取る。それまでの間、この市場はこのように木材の置き場となっている。

<製材工場>

***製材の過程***

皮むき→カット→高温処理→乾燥→補修→加工・塗装

この中で、「乾燥」が最も重要かつ難解な工程だという。

↑木の皮を剥く工程 鉛筆削りの要領で、流れるように次々に剥かれていく。ピタゴラスイッチのように丸太が運ばれ、機械に吸い込まれていっていた。
↑丸太から角材などを切り出す工程

節が出ないギリギリのラインをレーダーでポイントし、2枚の刃(帯鋸)でカットしていく。微調整のために、社員の方が機械を操作している。

↑高温処理の工程

木材内部の管のような構造部分に水蒸気を通し、不純物を取り出すことで、耐久性の向上に一役買っている。

写真はないが、このあと乾燥機にかける。外気の湿度や気温によって、乾燥機内の温度や湿度を微調整しているそう。かつては職人の感覚で行っていたそうだが、データ分析も活用してきているそうだ。全国で外気条件がほとんど同じ地域ごとに乾燥に関するデータを収集し、連携させることで、ロスの削減につなげることができるのではないかと感じた。

↑屋内にて自然乾燥させる。ここで木が水を吸うらしく、製材段階ではそれを考慮してあらかじめ少し小さめにカットしているそう。

木材はこのあと加工に入る。

↑工場内を案内してくれる専務

この工場内で、木材を規格サイズ・形に加工していく。特殊な形状(フローリング用の木材)などである。

↑節の処理をする工程 節から腐るので、この処理は必要とのこと
↑加工段階で出るウッドチップ 製紙工場やバイオマス発電所に送られる

木材の歩留まりとは、丸太から最終的に製品化される部分の割合のことである。例えば、先ほどの帯鋸によるカットの工程では、回転する帯鋸に対して送材車が動くことでカットされるが、1カットにつき2mmが木屑に変わるそうだ。工場として歩留まりを1%あげるだけで、売り上げに大きく影響してくるそうだ。

その後本社会議室で、マキさん(主任、専務の奥様)と青木さん(早稲田大学建築学科の先輩、管理部)にご挨拶したのち、世界遺産(鬼ヶ城、花の窟神社)を見学。

↑世界遺産 鬼ヶ城
↑世界遺産 花の窟神社

熊野では昔から石への信仰心が強く、この神社も大きな板のような岩にイザナミノミコトが祀られているものだそう。

夜は、居酒屋にて専務の大学生活の話で盛り上がったり、専務の高校の後輩と会ったりと充実した一日であった。

【3月26日(金) 】

ツアー2日目。この日は、専務の車で一日熊野の自然を体感。森林率88%を誇る熊野を、身をもって感じた日となった。

午前中、森林組合の方と山に入った。結論から言うと、観光スポットとは到底言えないような自然の度合いで、唖然とした自分がいた。その山は、既に伐採が終わっている段階で、国の80年計画の補助金で再植林している最中であった。12haに6万本植えられるが、今後病死するものや、間伐で切り落とされるものもあり、最終的に製材過程に辿り着くのは、2万本程度になるという。

山間部まで森林組合の方の車で進んだ。これこそ「山道」というべき光景で、男心を掻き立てられた。が、車のなかった時代には人がここまで歩いてきて、ここから伐採した木材を運んでいたのだと思うと、現代人の文明頼りの甚しいことを痛感する。

↑車での道中

広場で車をとめ、その先は体一つで歩いた。山道でもない、もはや山(笑)

↑落ちないように必死だった。転げ落ちたら、大怪我していたであろう。

こんな道を、植林している職人さん達はヒョイヒョイと進んでいった。正直、労働環境としては最悪だろうけど、山に入っているときの彼らはとてもかっこよかった。それでも、日本の山林では人が足りないから木は生えているのに、それを山から出せないらしい。このご時世で後継者問題として、かなり深刻な問題だろうと推察する。森林組合の方と専務との会話で、外国人労働者と言う言葉が何度も出てきていたが、その力に頼らざるを得ないのが事実だと感じた。

↑杉の苗  これが数十年後に大木になるらしい!ただ置くのではなく、この傾斜地で職人が最適な場所を見つけて少し埋め込んでいるらしい。自然、職人技、恐るべし。
↑伐採、苗植えが終わった後の山。青いネットのようなものは、苗がシカに食べられないための対策だという。
↑伐採した木材を架線で街まで運ぶための設備
↑森を見遣る野地専務

専務ですら山に来ることは珍しいらしく、「これを見たらこれから値引いて欲しいなんて簡単に言えないな」とおっしゃっていて、それだけ貴重な体験ができているのだと感じた。

 山で感じたことは2つ。1つ目が林業のスケールの大きさが現代の人間の範疇を超えていること、2つ目が林業の実態とその深刻さを、森林率が7割近いこの林業大国:日本に、日本に住む多世代の人たちに「伝える」ことが非常に重要だということだ。

 植林、手入れ、伐採、運搬といった林業の流れがあるわけだが、海外に比べ日本の山林が急で、傾斜地が際立って多いことから、林業のための重機等がほとんど山に入れず、人の力に頼ることしかできないために、日本の木材が高価になるというカラクリがあることも知った。これが故に、海外で取れて日本に輸送してくるコストがあるはずなのに輸入木材の方が安価で売られることになっているのだ。

また、その中で、これまでも伐採後の運搬にはヘリが使われていたこともあるそうだが、近年運搬用のドローンも実用化されているらしく、10kg程度のものを運べるドローンが使用される水準にまできているらしい。これについても、現場サイドの需要を「伝え」、それに応じた技術開発が求められるのだと感じた。

下山後の昼食は「ちゃや」にて。熊野で人気のお店らしい。

↑ジビエカレー  ご馳走様です!
↑小学校の校庭での一枚。  間違いなく自分史上No.1でした。
↑大丹倉での一枚。かつて修験道がここで修行をしたらしい。
↑千枚田 1枚ごとにオーナーがいて、実はバリバリのビジネス田んぼらしい(笑)
↑湯の口温泉 全て野地木材工業の木材を利用して作られた温泉。

丸太から建築の一部となった材の、経年変化を楽しめるのは、専務たちの特権だと思った。

夕食は社長の行きつけの寿司屋?(もはや寿司屋ではないらしいが、寿司は絶品だった。)にて会食をご馳走になった。

試作段階の「杉」をリキュールに直接付け込んだお酒を持ってきてくれた北本さんと出会えたこと、そして偶然同じ店に足を運んでいた熊野市の市長さんとお話しできたこともこのツアーの思い出の大切な一欠片となった。

【3月27日(土) 】

ツアー最終日。この日は、専務のご子息、マキさん、青木さんと一緒に、午前中は三重県立熊野古道センターの見学。

近年、公共建築の木質化が頻繁に見られるようになってきたが、ただ木を使えばいいというわけではないはずで、木質空間する意図を明確にしておく必要があると感じる。設計者のできることは、建築に訪れた人にその木を見て何を感じさせるか、そのプログラムをしっかりと組み込むことまでだ。

その後、今度は船に乗り換え、熊野周遊。

↑海から見る熊野の自然。圧巻の自然。海から見ると、木は、たくさん、本当にたくさん生えていることも改めてわかった。

昼食は鬼ヶ城レストランにて頂いた。

↑マグロと鯛の紅白丼 わさびが辛すぎる!!

午後は専務の車で和歌山県に位置する自然見学。

↑那智の滝は、その落差がなんと日本一位!

その後、熊野市駅にて三日間を共にしてくださった専務とお別れをし、帰宅。ツアー終了となった。

◯今回学んだ木材・林業に関する知識/林業と建設業

  1. 林業とは

林業は、漁業や農業と違ってBtoBの産業で、その関係者以外には林業そのものが見えていないし、釣りやベランダ農園のように汎用性もない。「木を見て森を見ず」の言葉通り、建築のユーザーや設計者までもがおそらく、木を見てたとしても、森までは見られていない。その中で、林業の興味深い面と問題点、それらの重要性と深刻度を日本人に理解してもらい、対策することが必要であるというのもわかっているものの、なかなか広く浸透していない。人間の身近なところで変化を起こし森へ意識を向けさせようと、建築の木質化(生活環境の変化)や森林環境譲与税(税金の変化)など、国や企業が様々な取り組みをしている現状はあるものの、その反響はイマイチであるのが実態だ。インターネットの普及により情報過多の時代の進行が、これまで問題を深刻化させてきて、これからもそれは続くだろうと思われる。

この中で、私たち学生にできることは何かと考えた時に、わかりやすいもので言えば今後生活や仕事をしていく上で少しでも「森のこと」を考えることなのだろう。ただ、単に考えるのではなく、今回の実体験があるからこそ編み出せる切り口から対処/応用していくことができると言う点で、今回のツアーを生かせるのではないかと感じた。「百聞は一見にしかず」のまさにその「一見」できたことは、非常に価値のある体験であったことは間違いない。

  1. 歩留まりに関して

歩留まりについて、先述したように帯鋸での切削分など致し方ないロスは生じてしまう。この数値は製材所によるが、最大でも45%程度であるという。そんな中、野地木材工業はおよそ34%。これは、同じ大きさの梁を丸太から取ろうしたときに、年輪の中心を含むようにとるかどうかなどによって調整できるが、例として芯持ち材として木に付加価値を生ませるブランディングとの兼ね合いから、あえてこれにしているという。島国である日本にとって薄利多売上手な海外を相手にするストラテジーなのだと理解した。

  1. ここ数週間の木材産業の変化

アメリカで住宅需要が増したことで、ここ数週間において海外材が入って来ず、日本の木材が高騰している。いい流れではあるが、一過性のものなのであれば無意味。海外からの供給が途絶えたからといって、輸入分をすぐ国産材で賄うのができないのも、木材が自然の産業物であることが故であろう。

また、もともと日本への輸出するための木材に課せられる条件はかなり厳しいもので、それをクリアしてまでわざわざ日本に入れようとしていないのが現状だという。

  1. 木材という材料

建築家は木材を人工物とでも思っているのか、今回製材過程を見て、そう思った。確かに規格化されたものでなければ建材としての使用は難しいが、自然物を無理やり規格化している感じが強いようにも感じられた。その中で、野地木材工業では、今までは通じていなかった製材所と建築家というパイプを作ることで、言葉通りの適材適所として建築に生かすことができていて、結果としてお互いのプロフェッショナルの融合作品として魅力的な建築になるのだ。また、野地木材工業の人たちは専務を始め、木を「子ども」のように世話/マネージメントしていると感じられて、その職人気質さがかっこよかった。

  1. レジリエンス

熊野市はじめ三重県は、南海トラフが来ると言われ続けているし、大きな台風もたくさん来ることから、そもそもの作りとして、災害に強い街・建築になっている。例として雨戸がない家はないことなど、災害に対する住民の危機管理能力が総じて高いのだとわかった。

◯これからの自分に必要なこと/自分にできること

私はこのツアーに参加し、普段あまり関わることのできない経営者の方である専務の考えていることをたくさん質問させていただいた。専務のお話の中で、全てにおいて「目的と手段」を明確化して物事を進めることが一番重要なのだと感じた。今回のツアーでいえば、参加することが目的ではなく、それを今後にどのように活かすか。それを達成することが目的であり、その中で木のこと森のことに身を近づけ、考えていきたいと思う。

また、今回感じたもう一つのことは、他人に魅力を伝えることの難しさである。ビジネスにおいて、これは当たり前のことなのだが、その手法についても、まずは学生の立場として、その後は社会人として、試行錯誤していきたいと考える。私自身、木が大好きだが、より多くの人にも木の魅力を知ってもらい、それに触れてもらうために今後も頑張りたい。

◯謝辞

この度は、専務、マキさん、野地木材工業の社員の方々、青木さん、森林組合の方々、北本さん、市長さんなど熊野市のたくさんの方々に大変お世話になり、深く感謝いたしております。そして、今回の体験を踏まえ、自分としても今後の人生で何らかのかたちで還元していきたいという気持ちです。また、大学生という就職の前の段階にこのような貴重な体験をさせていただけたことについては、とても幸運であったと感じています。三日間、本当に有難うございました。

大石耕太朗