野地木材工業株式会社

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スタッフブログ

どん底に陥った時に・・・

 先日 熊野市教育委員会主催の「う~み」  http://www.umi-yuka.com/profile.php さんのコンサートに行ってきました。

無料ということで友人に誘われ、何の予備知識もないまま会場に・・・
突然司会者が現れたのかな?と思っていたら、普通のお嬢さんが「う~み」さんでした。
ピアノをポロポロ弾きながら、自分のことを語りだしました。
         う~み
小さい頃からピアノを習い歌手を夢見ていたそうで(絶対音感)を持っている為周囲に溶け込めなかったそうです。、
親の影響で中学からバスケットを始め、特待生で大学に行きバスケの練習中に頸椎損傷という重度の障害を負って生きる希望を失っていた時、大学で幸せそうにへたなギターを弾く人を見て、あれには勝てるかも?と動かない指で必死に練習。
 体の色んな場所で弾いたり、視力が落ちていた為鍵盤を見ないで弾いていたりしているうちに、心身共に回復している自分に気が付いたそうです。
「私は9割失ったけど、残り1割さえあれば生きていける。」其の時そう思ったそうです。そう言っていた「う~み」さんの言葉が衝撃的で心に残りました。

大きな綺麗な声でピアノを弾きながら歌う姿は、そんな大変な事があったとはとても思えませんでした。

東北震災後 どん底の自分が、音楽で立ち直れたということで、東北の皆さんにも元気になってもらいたいと支援活動中。
 東北の会場で、年齢に関わらず皆一緒に歌える童謡を歌っていると、どんどん顔が明るくなって元気になっていくそうです。

今まで多くの方々に助けてもらった恩返しをそういう形で活動して返しているが、私の方が皆さんから元気を貰っていますと笑顔を絶やさず語ってくれました。


そこで自分の事を振り返ってみました。

3年前原因不明で突然手足が動かなくなっていき、寝返りも出来なくなったまさにどん底のあの時、
私はどう思っていただろうか?と。

どこに行っても原因分からず、京都の病院に主人と息子に付いてもらって入院し、
 一日中の検査検査に車いすで移動し、動かない手でどうすれば介助なしで食事が摂れるか考え、介助してもらいトイレに行き、日々麻痺が進行していき、病名が判るまではまさにどん底でした。
一日を生きていくので精一杯で何も考える余裕がなかったなあと。

ただただ、病名が判って治療すれば、歩けるようになるんだ!!
すがる思いで夜寝て、今朝はどれだけ麻痺が進んでいるのか、恐怖の思いで目覚めた日々でした。

1週間後に病名が判り、判った直後からガンマグロブリンという血液製剤を一日5本5日間点滴し、足の指が動き、膝が上がり寝返りをうてるようになったとき、車いすから立ち上がった時の嬉しさと興奮した気持ちは今でもはっきり覚えています。

今では歩く事も、ゆっくり走る事も出来るようになり、普通に生活できる事をいつも感謝して暮らしています。  私も多くの人に支えられ、助けられたお返しがしたいと思っています。

入院中は、医大生の方に症例として役立ててもらいました。
これからは、難病患者の方達の為に私の治療経験が役に立つ事ができればと、主治医の先生に資料を提供しています。

今改めて振り返った時、一日も自分を憐れみ泣いた事も落ち込んだ事なく、ひたすら病気を治すべく闘っていたなあと思います。

どんな時も、前を向き進んでいくことが良い方向に向かう最善策ではないでしょうか?

「う~み」さんのコンサートを聴いて、また前へ進もう!と元気が湧いてきました。