野地木材工業株式会社

野地木材工業株式会社

木宰治エッセイ”ウッドバイ”
Osamu Mokuzai's Essay ”Wood Buy”

第4話 業界の常識

いよいよ伸卓と良成は野地木材工業で働き始めた。洋正は二人に対して特に「こうしろ」という指示などは何もなく、逆にどうしていいかわからない二人はまず自分たちの役割分担をしようという話になり、その結果、伸卓は販売に関連する業務と製造の段取り業務を。良成は工場内での製造業務を担当することにした。

バンド時代、フロントマンを務めていた伸卓は、しゃべりがそこそこ達者だったので、やはりお客様を相手するには向いているだろうと。
良成はデザインの専門学校を出ていたこともあり、手先は器用だし、深く入り込むというか、物事を追求する癖がある彼は、現場でのモノづくりが向いているだろうと。
そこは兄弟ならではなのかもしれないが、お互いの向き不向きをなんとなく分かり合えている気がしていたし、「兄がこれをやるなら、弟としては一緒のことをやりたくないからこっち。」みたいな暗黙の了解があったのであろう。役割分担はすんなりと決まり、その役割に対して洋正も何も言うことなくすんなりと仕事に入っていくことができた。
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2003年当時、野地木材工業には販売業務を担当する社員が一人いた。40代半ばの男性社員で、彼は一人で野地木材工業の販売業務を一手に担っており、言わば野地木材工業の番頭的な立場にあった。伸卓はその番頭の下につき販売業務を担当することになったわけだが、いくら製材所のせがれとはいえ木材についてほとんど知識も経験もないし、大学時代も卒業してからもバンド活動の経験しかなく、いわゆる社会人としてはカスというか劣等生であった伸卓は、まずその番頭に仕事のいろはを教わることにした。

「あのー、僕仕事のこと何にも知らないんで、これからいろいろと教えてください。よろしくお願いします。」
伸卓は事務所の奥に座る番頭に挨拶をして、軽く頭を下げた。

「ん。」
そう小さく呟くと番頭は伸卓と目を合わせることなく、パソコンの画面を見つめながら木材明細の入力作業を続けた。

「なんな、無愛想やな・・・」
心で思いながらも自分の席に戻り、何をしていいのかわからないままボーッと座る伸卓。
特にこれと言った仕事がない伸卓に唯一許された仕事は、電話に出るという仕事。これは早いもの勝ちなので、電話が鳴るといつもワンコール終わらないうちに受話器を取った。

トゥルルルルル
電話が鳴った。

「はい、野地木材です!」
新人らしく元気よく電話に出る伸卓。

「あののぉ、二木島(にぎしま)の大工やけどさぁ、ヒノキのニケンのエンコほしいんやけどのぉ、フシあってもええさか、ヒャクマルゴでトオツボほど作ってくれんかいのぉ。ゴブで。」

・ ・・・・・・・。
謎の呪文のように聞こえるが、とりあえず何かしらの注文であることはわかった。二木島とは熊野市二木島町のことであり、その場所に住んでいるのか、現場があるのかわからないが、とにかく大工さんからの電話だ。しかし名前もわからなければ、注文内容もさっぱり理解できない。
伸卓は再び聞き返した。

「えっと、すいません、もう一度お願いします」

「あののぉ、二木島の大工やけどさぁ、ニケンのエンコヒャクマルゴでトオツボほど作ってくれんかいのぉ。」

二回目、先ほどよりも情報量が減っている。そしていまだ名乗らず。

「あ、ごめんなさい、ちょっと聞き取りずらいもんで、もう少しゆっくりお願いできますか?」

「二木島の大工やけどの、エンコいるんさぁ、どれくらいかかるん?」
少しイラっとした口調で二木島の大工さんが答えてくれた。

しかし三回目、さらに情報量が減っている。相変わらず誰かはわからない。さらに“どれくらいかかる?”と、価格なのか納期なのか、重さなのか、なんなのかよくわからない質問まで飛び出した。

「え、えーっと。。。」
伸卓がまごまごしていると

「あんた聞いたことない声やけど、新しい人かえ?ちょっと知ったぁる人と変わってくれんかえ。あんたやったらわけわからんもんであかんわ。」
と、ついに叱られてしまった。

「す、すいません、少々お待ちください。」
お詫びして急いで番頭に電話を変わってもらった。
すると、番頭はすらすらと注文内容をメモにとり、
「はーい、おおきにのぉ」と言うと電話を切った。

「なんか、すいませんでした。僕、相手が何言ってんのかまったくわからんくて。いまの誰からで、何を注文してくれたんですか?」
伸卓は番頭に聞いた。

「ん。」
番頭はまたパソコンを見つめながら打ち込み業務をしている。
沈黙のまま20秒ほど過ぎたが、何も反応がない。

「あの、すいません、さっきの・・・」
伸卓は再び質問すると、

「さっきのは大滝建築さん。桧4メートルで105ミリ幅のフローリングを80枚。厚みが15ミリで生節の埋木処理品が欲しいっていう電話!
伸卓くんねぇ、これぐらいウチやったら基本中の基本の注文内容の電話なんやさかね。それとさぁ、よぉ注文くれる大滝建築さんの声ぐらいすぐにわからなあかなんで!」

番頭は相変わらずパソコンの画面から目をそらさず、強めの口調で吐き捨てるように伸卓を注意した。

「申し訳ございません。」
消えかけるほど声で小さく謝ると、伸卓はすぐさま自分のデスクに戻り、インターネットでいまの注文内容について調べてみた。
すると、ニケンとは、二間という寸法の単位で、ヒャクマルゴとは、“105”のことであり、こちらは105ミリということであるらしい。
普通「ヒャクマルゴ」ではなく「イチマルゴ」という風に言うような気もするが、材木業界では「ヒャクマルゴ」と言うらしい。
「“ヒャクマルゴ”つったら、“105”ではなく“10005”やろ・・・」と若干やるせない気持ちになりながらも調べ物を続け、ゴブというのは5分のことで、ミリ単位に直すと15ミリ。エンコとは床板とかフローリングという意味だということがわかった。トオツボとは十坪のことで、施工に必要な面積とのこと。長さ4メートル×幅105ミリの床材であれば、80枚必要であるということがわかり、伸卓は
「ふぅ。なるほど。だいぶややこしいなぁ。」とため息交じりに漏らした。
nigisimaお客さんが言ってくる寸法の単位(言い方)がバラバラであるし、同じ意味で違う呼び名の部材や木材が建築の世界にはたくさんある。隠語も多い。業界内で言語が共通化されていないようなところも多々ある。
このように木材の業界はとにかくややこしいし、わかりずらい。かつ、アバウトというかファジーでかなり閉鎖的な世界である。
そんな世界で無愛想かつ厳しい番頭とこれから一緒に仕事していくことを考えると、
「自分はちゃんとやっていけるんだろうか」と先行きに不安を感じ、大きな絶望感と悲壮感に苛まれる伸卓なのであった。