野地木材工業株式会社

野地木材工業株式会社

木宰治エッセイ”ウッドバイ”
Osamu Mokuzai's Essay ”Wood Buy”

第2話 しゃぼん玉

恐れていた母からの帰郷指令の電話。あの電話から1カ月後、伸卓と良成は父の真意を確かめるべく熊野に戻った。伸卓の心には「とりあえず、親父は”帰ってこい”という言葉をだしていないし。」という、まだいけるんじゃないかというかすかな希望があり、なんとかそれにすがろうとしていた。それと共に父、洋正から直接”帰ってこい”と言われることで覚悟を決めようという、どこか逆にはっきり言ってほしい気持ちもあり、いろんな感情を込めて良成と二人、熊野に三日間ほど帰省したのだった。

いつ言うか、いつ言うか、二人は父を見るたびにドキドキしていた。そんなドキドキとは裏腹に、洋正はなかなか二人と目を合わさず、ちらっと目が合っては小さく「おう」と言うだけ。伸卓も「ども」と小さく返事をするが、なんとなく微妙な空気が漂う。なんとなくもどかしい時間が過ぎ、あっという間に二日目の夜になってしまった。

伸卓はこのいかんともしがたい空気に耐えられず、母に聞いた。
「ちょっと、おやじ帰ってこいよとか全然言わんし、一体どんなんなん?」

すると母は「え?わからんかえ?言葉に出さんけど帰ってこい感すごいやん」と言う。伸卓は納得がいかない様子だ。

伸卓と良成は二日目の夜、飲みに出ることにした。子供の頃からよく父に連れてってもらっていた焼き鳥屋に入った。

「良成さー、親父のあれ、空気っていうやつ、お前わかる?」

「あー、よーわからんわー。なんか前からあんな感じっちゃぁ、あんなんやったように思うし」

「そういえば、今まで進路とか、将来とか、俺らにこうせーあぁせーって言ってきたことないよね」

そう、伸卓と良成は今まで父から何かと言われたことがないことに気づいた。やりたいことをやれとも言わないし、これをやれとも言わない。しかし、なんとなく父の顔色を伺いながらこれまでやってきていたことも感じていた。なんだか不思議な親子関係であることについて、二人は焼き鳥を頬張りながらビールを飲み、「よーわからんね」と首を傾げていたところに、洋正が昔から仕事でもプライベートでもお世話になっている高田という男が店に入ってきた。

二人を見るなり高田は「おー、お前ら帰ってきとったんか」とカウンター席に座る二人の隣に座った。

「あ、どうもご無沙汰です」と、伸卓が会釈した。

高田は生ビールとねぎまを注文すると、すかさず二人の方を見て話し出した。
「おい、お前らの親父、最近変わったぞ。お前らね、東京で何しやるか知らんけど帰ってこんのか。どーもね、長年お前の親父と一緒におるけど、テキ(※”あいつ”という意味の方言)もなかなか言葉に出さんやろ。お前らにそろそろ帰ってきて欲しそうな空気がどいらい出とるんさ。俺どいらいわっかるんさ。お前らもう帰ってこいや。」

それを聞いた二人は「まじか」という表情で互いに目を合わせる。するとそれを聞いていた焼き鳥屋の店主が、
「伸卓くん、話しに入って悪いけどね、僕も高田さんと同じこと思っとったんさ。お父さんのあんたらに帰ってきて欲しそうな空気、どいらいで。絶対言葉で言わんけど、僕もわかるんさ」と、さらにかぶせてきた。

「あぁ」これはまずいなと伸卓は思い、この二日間、洋正は自分らの前では決して帰ってきてほしい感を感じさせないように振舞っていたのかと、洋正の様子を思い返した。

すると、「そう言われてみるとそんな感じしますね」と良成がその場の空気を取り繕うように小さくつぶやいた。

「そやろー。もうね、野地木材もいま大変なときみたいやし、人手も足りてないのは間違いないし、社長の右腕になるやつがいまいるんやよ。」
高田はそう言って、伸卓の肩をポンと叩いた。

伸卓は高田の方を見て「ん、そっすね」と、うなづきながら答え、生ビールを飲みほすと、「ちょっと考えます」と答え、
「おあいそしてください」
店主にそう伝えると、良成と焼き鳥屋を出た。

「良成、もう一軒いくか」

「ええよ」

二人はトボトボ歩きながら、先ほど高田と、焼き鳥店主の言った言葉が、母の言葉と二人もデジャブしたことに動揺していた。

「これはいよいよやな。でもなんで直接言葉に出さんのやろね。つかさ、みんな言葉に出してないのに、よーわかるもんやよね。俺らに帰ってきて欲しそうな空気ってどんな雰囲気なっ!て思うわ」と伸卓が言うと

「ふー」とタバコの煙をふかしながら良成は「ふっ」と笑った。

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そうこうしていると、洋正行きつけのスナックに着き二人はそこに入ることにした。洋正が来ていたら気まずいなと思いながらドアを開けたが、客は誰もいないようだ。まだ19時半だったので、スナックのゴールデンタイムには少し早かったこともあり、客がいなかったのだ。

「まーのぶちゃーん、久しぶりー」完全に酒焼けで潰れたママの声を久しぶりに聞き、二人は懐かしさに浸った。一番端のカウンター席に座り、「野地」のラベルがついてある焼酎のボトルがあったので、水割りを頼んだ。すると水割りを作りながらダミ声のママが
「あのさー、まだヒロちゃん来てないから先に言うとくけどさー、最近特にどいらいんやよ。もう、のぶちゃんらぁに帰ってきて欲しい空気がどいらいんやよ。私が言うのもなんやけどさー、頼むさか帰ってきたってくれんかえ。もうね、なんかヒロちゃんの空気が、、、ど い らいん や よ 、 、」と話す途中でダミ声のママが泣き出した。

「またか」と。
「ここでもか」と。

これは熊野中どこへ行っても、誰に会っても言われるんじゃないかと思うほど、こうも同じことを言われてしまってはなす術がない。一体親父はどんな空気の出し方をしているのだろう。もはや帰る帰らないとかいうより、そっちの方が気になりだした二人は、目の前でわんわんなくダミ声のママを前に、限りなくロックに近い水割りを一気に飲み干した。

そして、カラオケでなぜか

長渕剛の“しゃぼん玉”を二人で熱唱したのだった。

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