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スタッフブログ


恒武天皇(737~806)の頃、坂上田村麻呂(758~811)がこの地方を荒らす賊を討ち、賊の頭の首を地中に埋め、その上に社殿を建てたのが始まりといわれる。その後、智興和尚という人がこの話を伝え聞い参詣しようとしたところ、田村麻呂の霊が現れ案内した。霊は大きな馬に乗っていたことから大馬神社と呼ばれるようになったという。
この社殿の下に坂上田村麻呂が討ち取った賊の首が埋められている。賊の名は多娥丸(たがまる)。鬼ケ城に隠れ住み、熊野の海を荒らしまわり、鬼と恐れられた海賊です。

 大馬神社には狛犬がなく、井戸川下流の海岸にある獅子岩が阿の狛犬、獅子岩の南に位置する神仙洞の人面岩が吽の狛犬に見立てられています。

       大馬神社鳥居

熊野の観光名所の一つ「大馬神社」


弊社に訪れるお客様にはこの神社にご案内して、その神秘的な雰囲気を堪能していただいておりました。

2012年1月19日 042.jpg

昨年の大雨で被害を受けたと聞いていたので、行ってまいりました。


大きな鳥居と石橋が無くなっているではありませんか!!
びっくりしました。
大雨により小川が流れる頂上付近から崩れて土石流となり、石橋も大きな鳥居も跡形も無く流されました。
有難い事に、杉の巨木や御神殿のほうは被害も少なく、今年の1月6日の例大祭も規模は縮小されたものの無事執り行われました。

                                                                             
2012年1月19日 040.jpg











                                                                            2012年1月19日 041.jpg
大馬神社には仮設橋も設けられておりますので、御参拝は何時でも大丈夫です。

野地木材工業の仕事初めは、毎年ここで本社工場、飛鳥工場からも全員集合して奥の御神殿で安全祈願して頂く習わしになっております。

今年は飛鳥工場から大馬神社への道が大雨被害で不通なので、七色峡線沿いにある大馬神社里宮で安全祈願して頂きました。

大馬神社の神主は才色兼備の女神主様で、余録ですが我が家の氏神様でもあるこの神社で御宮参りや七五三や厄払いの度に御祈祷していただいています。                                                                                     御祈祷の詔は何時ものように安全祈願や商売繁盛と、山の神様への御祈祷や復興への願いも込められた長く熱い詔で 、有難く涙が出そうでした。      
社員一同  安全の願いと感謝をこめて参拝した後 初仕事の為各仕事場へと向かいました。大馬神社.JPGのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像



 この冬は 例年に比べ寒いですか?

今朝のニュースで 北海道で2M超す豪雪に玄関が埋まって硝子戸が割れ、外に出られないと救助要請があり役場の方が雪かきしていました。
 他の地域でも、豪雪だった去年より多い積雪に大変だと言っていました。

 昨年旅行で訪ねた、新潟県の豪雪地区の何カ月にも及ぶ雪対策を聞いていたので、どんなに大変なご苦労かがわかります。

 
温かいこの地域では雪が降るのは本当に稀で、年に1,2回の積雪があるだけなので有難いことだと思ってはいますが、「寒い!」と肩を丸めて体を縮める毎日です。

 其の為かどうか 体のメンテナンスのため行っているリンパマッサージをすると(ちなみに足裏でマッサージする)肩が「バリバリツ」と踏まれる度に音がします。
 とっても「痛気持ち良い」のですが、大きな音に思わず笑ってしまいます。
体の「寒いよー」の悲鳴でしょうか?
頭から足先までのリンパマッサージ後は体が柔らかくなり、スッと軽くなるのがわかります。

 
会社で製材する原木も工場外に置いていると、朝凍っていて製材出来ません。

2012年1月18日 001.jpg
送材車左側のスラッシャーに原木を載せています。終業間際にはこの上に原木を満載して帰ります。



昨日 会社より上の山が冠雪していました。


朝 家を出て会社に向かっている時
2012年1月19日 046.jpg
山並みの奥に初雪を被った山が見えます。

「アッ 雪が積もっている、会社は積もっているかなあ?」

と思いながら通勤山道を行くと、
2012年1月19日 047.jpg
段々近づいてきました・・・・・・
通勤山道には雪は積もっていなくて安心しました。(写真の水玉はレンズに水滴が付いていたようです。coldsweats01 恐るべしアイフォン)

会社に到着~
2012年1月19日 049.jpg


会社は昨夜は雨だったようで地面は濡れていましたが、積雪はありませんでした。
この初雪もこの日快晴で気温が上昇した為、あっという間に溶けてしまいました。

これからもう暫く寒い日が続くことでしょう。
気持ちを引き締め、事故がないよう心がけよう。と自分自身に言い聞かせました。


でも 少し嬉しい出来事が、

2012年1月19日.jpg


お正月には蕾だった梅の花が咲いてきました。

一歩一歩確実に春は来ています。

「春よ来い!は~やく来い!」
 明けましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

昨年は歴史に残る未曾有の出来事があり、今までの価値観が覆され無力感に陥る事もありました。

2012年は地震も集中豪雨もない穏やかで平和な世界であって欲しい!!!と切実な思いで、神仏にお祈りした年末年始でした。

メインイヴェントは・・・ 


2012年元旦花火他 004.jpg
大晦日、花の窟神社前の海岸で年越し花火が打ち上げられ、花の窟境内では鬼城太鼓による勇壮な太鼓の奉納があり、花の窟神社の氏子の皆様のふるまいぜんざいや古代米うどんを美味しそうに食べている人で大賑わいでした。

 人をかきわけ、かきわけ、花の窟神社の御神前にやっとのことで辿り着き

「イザナミノミコト様」「カグツチノミコト様」そして「ヤオヨロズノ神々様」どうかどうか皆の願いお聞きとりくださいませ・・・・・・・
 力強い太鼓の音とともにお願い致しました。
 

神様には昨年一年間深く感謝する事が数多くあり、あらためて皆様にご報告致したいと思います。


神様に感謝の思いthink

①昨年一年間、特に災害時、野地木材工業全員が怪我も無く病気もせず、元気に仕事し困難を乗り越える事が出来た事。

②本社が一枚の板も流されずに集中豪雨を回避出来た事。

③災害直後から、多くの方が野地木材を心配して下さり、励ましとアドバイスとご支援を下さった事。

④災害後、多くのお客様が弊社の状況を理解して下さり最大限ご協力して下さった事。

⑤災害直後、野地木材の業務停止はあってはならぬと関係者に指示して下さり、関係各社の皆様が 危険を顧みず復旧作業に携わって、早期に仕事が再会出来た事。

⑥床上浸水で発生した大量のごみをどうしようかと途方にくれていた時、三重県中の行政の方がゴミ 収集車に乗って駆けつけて下さり、除去の作業に汗水流して必死に取り組んで下さって早期に撤去できた事。

⑦飛鳥工場事務所が2階にあり浸水被害をまぬがれ、電話電気が不通、道路不通になっている本社事務所に代わって直ぐに電話対応や事務処理が出来た事。

⑧本社上の道路のがけ崩れが仮復旧出来る程度の被害だったので、トラックが通れるようになった事。

 奇跡と思える数々の出来ごとに偶然とは言えない深いものを感じます。
やおよろずの神様、御先祖様、深く、深く感謝申し上げます。

 
 9月水害後通常の通勤路が不通になり、国道42号線を通り飛鳥町、五郷町を経て七色ダムの貯水湖のくねくね道を走り、更に那智黒石の産地である神川からまたまた峠目指してトンネル抜けて本社到着という4,5倍の通勤時間をかけて通っています。

今朝は快晴で冷え込みが厳しく この調子だと峠付近できっと見られるかも?

ワクワクしながら上がっていくと・・・・・・・・・・・・・・・・・・

見えましたっ!!!!!!!

mami-雲海2011年11月14日.jpg
青空と緑の山々と白い雲海が広がっていました。
 
==発生条件===
雲海の発生条件を明確な箇条書きにすることは難しいが、おおむね次のようであるといえる。
* 季節:[[春]]、または[[秋]]([[冬]]を除く[[10月]]~[[2月]]ごろ)
* 時間:夜明け前~[[早朝]]
* 気象:湿度が高く十分な放射冷却があること(なるべく無風状態)
* 地域:山間部、[[盆地]]

今年もやっと出会えました。


山は地域により色んな表情を見せてくれます。



2011年10月3日~10月5日アート宙宮崎旅行 110.jpg
これは鹿児島県の知覧武家屋敷で見た 遠くの山を借景に取り入れて庭木で山並みを作り上げている庭。
2011年10月3日~10月5日アート宙宮崎旅行 080.jpg

武家屋敷群総ての庭は山を借景にして作られていました。
2011年10月3日~10月5日アート宙宮崎旅行 107.jpg
知覧のお侍さんは山を大事に思っていたのでしょうか?

 これは10月に訪れた新潟県小出の山々
越後三山と呼ばれる 八海山、中ノ岳、駒ヶ岳 地元の方々は「は、な、こ」と頭文字をとって親しみを込めて呼んでいます。訪れた時はすでに頂上に雪が積もっていました。
 
ここも9月の大雨で手前の魚野川が氾濫しあちこちで被害があったそうです。

小出は7年前には中越地震があり、度々の川の氾濫 毎年日本でも屈指の豪雪地帯。

 厳しい自然の中でも小出の人々は、山を愛し山と共に歩んで生きているということをひしひしと感じました。

山を大切にするということは、国、地球を守る大切なことだと9月の豪雨被害を目の当たりにして痛感しました。

 山に関心を持ち、山を愛し、山をこの先ずっと守っていくことは不可欠なことなのです。
 
このブログを見てくださった皆様がそう思って下さる事を心より願って、熊野や他の地域の四季の山の表情、豪雨被害から蘇る山々、神々しい奥深い山の表情を稚拙な写真ですが、時折お伝えできたらと思っております。




car 先日 信州高山村に旅行に行った際 「豪商の館・・須坂の田中家本家」に是非行ってみたいと思いました。

相棒のS女史は「現田中家の御曹司に見染められ豪商に嫁ぐかも・・」

私は「豪商のルーツを徹底解明し、平成豪商に成るにはどうすればいいか?を探ろう・・・」

「豪商」と聞いた瞬間、二人はそれぞれ大いなる野望を抱いたのであります。
 現田中家全景3000坪100M四方を20の土蔵が取り囲む
農家の二男に生まれ商家に奉公にでた初代新八は現在地に300坪の家を買い穀物、菜種油、煙草、綿、酒造業などの商売をはじめました。
二代目新十郎信房は其の商いを更に繁盛させ、田中家の基盤を確立したという「家訓家定書全6巻」を作成したそうです。
家訓6巻 質素倹約物は大事に扱う等々                               
二代新十朗信房   二代新十郎信房須坂藩御用達を勤めるようになりやがて殿様をも上回る資産家となっていきます。
豪商の館田中本家 002.jpg

蔵が屋敷を取り囲み 小さくも堀が周りを流れていてまるでお城の様です。
豪商の館田中本家 007.jpg        蔵の壁は二重になっており 間に石を詰めていて耐火、耐震、銃創から蔵の中身を守っている。
蔵内は蔵上の小さな窓で調整して 年中温度、湿度が一定になっており 其の為江戸中期から昭和までの田中家代々の生活に使用された品々「衣装、漆器、陶磁器、玩具、文書・・・」が大変良い状態でのこされており、その質と量の豊富さから平成の正倉院とも言われているようです。
豪商の館田中本家 011.jpg            
現在酒蔵だった土蔵5棟を改造して展示館となっており、着物、子供のおもちゃ、年代物の貴重な陶磁器、家具、など5千点以上ある品々が四季に応じて展示されています。
展示館
豪商の館田中本家 013.jpg
1時間半掛けてじっくり豪邸内を探索しましたが、御曹司にも会えず平成の豪商になれる極意も掴めず敢え無く二人の野望は打ち砕かれました。

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それでも二人はつかの間、豪商夫人になったつもりで記念撮影して帰りました。cardash




 結婚してからお盆といえば、お墓参りや初盆のお参り、花火の準備などで家に居るというのが定番でした。
今年は意を決して14日から16日まで長野に行く事に決めました。

 8年前に津市夢ヶ丘に弊社の木で家を建ててくださったMさんが、長野県小布施の古民家を購入され御自身でリフォーム、ほぼ完成されたので是非遊びの来て下さいとのお誘いに甘える事に致しました。

14日JRで熊野から四日市迄、四日市からはお友達S女史運転で長野県小布施に連れて行ってもらう事になりました。
三重県、愛知県、岐阜県、長野県、
2011年8月14日~16日長野小布施行 014.jpg
走行500キロの長距離です。
一泊二日だと疲れに来るようなものだから二泊三日にしてくださいとMさんがわざわざ仰った意味がよおく分かりました。
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朝9時33分発 subway17時とうちゃーくcar

M邸 古民家改装の別荘全景  upwardright












upwardleftM邸から見渡した風景
高台に建っている為窓から爽やかな風がよく入り、真夏ということを忘れます。


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玄関の扉を開けると。。。。何という事でしょう!!
弊社から送ったフローリング、壁板、足台が見事に古民家と溶け合っているではありませんか。
施工前に見た写真と全然違った仕上がりに唖然。 しかも全部MSさん御主人の手作りというから驚きです。しばし 御主人の力作をご覧ください。
食堂兼リビングもちろんテーブルも8年前に自宅を建てた際に余った桧板で手作り
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キッチン右側は元々あった階段を違う場所に移設し、上がった先は蚕部屋を改装してゲストルームになっており、私たちはそこで就寝。
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中央床の間に国産マキストーブを据え、冬中マキを燃やし続けています。広葉樹も針葉樹も燃やせるし、灰も余り出無いというすぐれもの。
 天井は取り払い見上げると藁に覆われた三角天井裏が見えます。
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水回り配管、電気の配線、電気機器取り付け総てM御主人の手作業によるものなのです。

なぜそこまで出来るのか?それは御主人が今まで ヨットを手作りしてきたという実績があるからなんです。
手作りヨットで諸外国や日本を御夫婦で航海されているのです。まるで夢のようなお話の数々地元産野菜中心のディナーを頂きながら聞き入りました。
2011年8月14日~16日長野小布施行 040.jpgのサムネール画像

奥さまのメニューのレシピは限りなく、
ソース、ドレッシング、ジャム、ほとんど手作りで瓶には作り方や配合量や感想なども書き入れていました。
結婚以来の家計簿には毎日の献立も記入しているそうです。

恐れ入りました!!!






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M御主人は秋田出身で二日目には
本場「きりたんぽ」頂きました。

デザートには地元白桃をたっぷりと、
桃ってこんなに果肉がしっかりしてて
甘いんだと知りました。
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全開の窓から爽やかな風が流れる中での朝食風景。

同行して頂いたS女史も大満足の御様子。








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行方不明になるのを予防するロープ付きで
近所の神社付近を散歩。

津で捨て猫だった「はな」ちゃんはまるでお二人の子供のように可愛がられ幸せいっぱいの三人。

とても優しい御主人にお料理好きな奥さまの三日間のライフスタイルを見ていると、本当の幸せとは物の豊かさではなく気持ちの豊かさだと心から思いました。
今まで見ないようにしてきたものが、どんなに大事なものであったか教えられ「目から鱗が落ちました。」
素晴らしい三日間をプレゼントしてくださったS御夫妻、本当にありがとうございました。
 この夏もまた 東紀州恒例の大雨の季節がやってきました。

先だって台風のもたらした豪雨は熊野地区にも被害をもたらしました。
野地木材の本社は山間部に建っておりますが、川からはかなり上に位置しているため工場浸水の心配は無いと思われます。



しかし野地木材に通じる県道は落石の恐れがあるとのことで、弊社の2キロ先で通行止めになってしまいます。
通行止めは「広報熊野」で放送されご覧の通り簡単なゲートが置かれます。
一応通行止めだよって意味ですかね。
その先にある いつもは穏やかな簡易ダムの水量が・・・・


mami-大雨洪水警報の後 002.jpg
mami-大雨洪水警報の後 004.jpg
mami-大雨洪水警報の後 005.jpg
今にも決壊しそうな勢いの水量です。

ゲートの横をくぐりぬけ工場へ向かう道は落ち枝葉で埋め尽くされ山水が道を横切って流れています。気を付けて走らないとスリップして事故する車が続出です。(県道なのにどうなっるの!何とかして三重県!!と声を大にして叫びたい気持ちです。)


本社工場は公共水道が通じていないので(人家の無い山奥に建てたため水道は通じてなく今後も見込みはないそうです。・・・・・)工場の上の山水(渇水期にもいまだかって枯水したことがなく綺麗で美味しい水)をタンクに貯め工場に引き込んでおります。


ボイラ-乾燥機は24時間水が要り、木屑ボイラーも大量の水が無いと稼働しないし、工場内の飲料水 水洗トイレや池の鯉も恩恵に預かっています。
有難い山水なのですが 難点は大雨になると山上の貯水タンクやホースが急流で移動してしまい水がストップしてしまうことなのです。

水が切れたら まず池の甕(かめ)に流れる水がストップするのですぐ分かります。

大雨洪水警報の後.jpg

余談ですがこの甕は野地家に伝わる大甕で一時県立博物館に展示されていたのを池を造った際返却してもらったそうです。

水が出なくなると弊社の水回りとボイラー部門を管理してもらっている村田水道社長にSOS発信致します。
いつも飛んできて下さって山に登り、タンクとホースを正常に治して下さる村田社長には いつも感謝しております。野地木材はこの方無しでは業務できないといっても過言では無い程のかたなのです(涙)


台風による強風と大雨で9時過ぎに社員一同早退して帰宅していましたが、急遽課長と工場長で 断水して空になった貯水槽内に長年溜まった砂利を掻い出す事になりました。

大雨洪水警報の後 008.jpgのサムネール画像
 こうして無事台風を乗り切り 生産業務できることを感謝しております。皆様ありがとうございました。


7月29,30日大雨で被害にあわれた新潟、福島の方々 心よりお見舞い申し上げます。

そして安心して暮らせる日々が一日も早く実現できますよう心より願っております。


2011年6月26日 パラグライダー 003.jpg
 梅雨の中休み、酷暑の日曜日。

国道42号線を車で走っていますと、パラシュートの小振りの羽が私の視界に飛び込んできました。

「スワツ こりゃ近くに行って確認せねば!」心の中で叫びながらカメラ片手に駆けつけました。


それは 近々乗ってみたいと思っていたパラグライダーでした。

「見せてもらってもいいですか?」と聞くと、この地区でパラグライダーの普及に尽力されている方が説明してくれました。


「最初は先生と二人で一緒にパラグライダーに乗ります。
そのあと一人で飛びたいという人は、この様な基礎練習を重ねて羽の操作を自由自在に操つれるようになったら、一人で飛べる」とのことでした。

 口で言うのは簡単ですが、練習を見ていると風に乗りきれなくてバランスを崩して、あっちへよろよろ、こっちへひょろひょろ、男性が走りまわって羽に振り回されているように見受けました。

先生が仰るのには、力任せに飛ぶのではなく 風を利用して風に乗り空を飛んだら力は要らないのですが、それを会得するまでに走り回って練習するので5キロは痩せますよ!ということでした。

しかし『 5キロ痩せるのはとっても魅力的だけど、私のひょろひょろ足では練習に耐えられないやろな~』と思いました。

2011年6月26日 パラグライダー 004.jpg
















2011年6月26日 パラグライダー 005.jpg















2011年6月26日 パラグライダー 006.jpg
















でも 先生と一緒に飛ぶのに練習は要らないということなので とりあえず一回飛んでみようということになりました。

その時の様子を後日お知らせしますので、楽しみに待っていてください。

think confident coldsweats01 coldsweats02 pout gawk lovely good bleah wink happy02 angry despair sad wobbly happy01 
これより以前に

ある薬局に行ってパラグライダー講習会のポスターを見たので「参加したいのですが、先生の絡先を教えてください。」というと・・・・

先生の友達だという薬剤師さんが驚愕した声で「エツ!奥さんが飛ぶの?パラグライダーに!!」

2回も繰り返し聞いてきたのには こちらがびっくりしました・・・・・・・・・・

変かなぁ。ただ オーストラリアで初めて気球に乗って味わった 鳥のように大空を飛びたいだけなのに~





熊野ものづくり博で初めてお会いした「そめやなないろ」本藍染め工房を営んで居られる御二人。

本藍染め工房.pdf         個性的で素敵なカップルだなぁと思っていました。

先日  紀南ツアー デザインセンターで 「本藍染め展とアコーステイックによるチャリテイコンサート」が催されるとのチラシ見て 一度聞いてみたいと思っておりましたのでお邪魔しました。


 会場の「紀南ツアーデザインセンター」は熊野の元山林家奥川吉三朗氏が120数年前に建てた私邸です。
当時の建築様式をほぼ建築当時のままとどめており、現4代目奥川吉三郎氏が、集客交流の拠点として熊野市に寄贈された貴重な建物です。
建物について 玄関

玄関の引き戸と窓の格子が、商家らしさを感じさせます。

土塀

座敷の奥には土塀に囲まれた庭が見えます。

座敷襖で田の字に仕切られた座敷。TDCでは会合や講演会、音楽会などに使います。
廊下

座敷と庭をつなぐ櫻材の廊下。深い庇とあいまって、ゆったりとした格別の空間を作ります。

庭石と石燈籠の深い苔が、建物の歴史を語っています。

奥川吉三郎

初代奥川吉三郎氏は天保3年に生まれ、大正元年に亡くなりました。一代で木本を代表する林業家になる実業家でした。

欄間彫りが美しい欄間です。職人の息づかいが聞こえてきそうです。
かまど

四連のかまど。毎日このかまどでお茶を炒り、お湯を沸かしてお茶をお入れしています。

格子

窓には瀟洒なデザインの格子があります。外とゆるやかに区切られた空間を作ります。

階段

箱階段で二階へ上がります。


藍染めの作品が展示されている建物の中で聞いたギターの音色は、時空を超えた建物との美しいハーモニーで聞き入りました。
2011年6月19日そめやなないろ展示会 006.jpg
そめやなないろの藍染め作品 「峠の朝もや」
  
 2011年6月19日そめやなないろ展示会 007.jpg
 夏用建具に展示された 帽子の数々

2011年6月19日そめやなないろ展示会 004.jpgのサムネール画像
 旦那様は昔からミュージシャン 奥さまは5年前から旦那様の厳しい指導?で ギターを始められたそうです。さすが 息はぴったり。はにかんで演奏しながら歌う奥さまは可愛かったですよ!

演奏後展示品をじっくり見せて戴きました。
弊社にも欲しいアイテムがあり 展示会終了後、素敵なタペストリーがお目見えするかも・・・

大阪と東京出身のお二人が、野地木材を通り過ぎたもっと山奥で藍染め工房を開き 毎日ギターを弾いて暮らしているという まるでムーミン谷のように・・・notes

野次馬根性ムンムンの私はそんな御二人の工房を覗いてみたいなあと秘かに思っております。
 定期的病院受診と京都府医大看護学校同窓会に出席する為 朝5時に車で出発しました。

同窓会は日曜日10時受付。月曜日が診察日です。

四日市発京都行きの高速バスが新名神高速の土山SAに停車するので、SAに車を置いてバスに乗り換え、京都に行こうと思いました。(京都は駐車場が少ないので不便なんです。)

 8時40分発なのに早朝にて車が空いてて7時半に着きました。

会場の四条烏丸のホテルには9時50分着。完璧です。

同窓会には、最高92歳の先輩から今年卒業したニューフエースまで68歳差の淑女の皆様が勢揃い。
2011年5月府立医大看護学校同窓会 006.jpg
weep
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2011年5月府立医大看護学校同窓会 011.jpg
上の写真は学生時代の指導教員の方々と私の同級生達と一緒に撮って頂きましたが、もはや歳の差なんて・・・

いつまでも若々しく凛とした美しさは昔のままで憧れですconfident


翌日の診察も何の問題も無く終了。

高速バスで土山SAに着き置いていた車に乗り込み、上り車線に移動する為一旦土山インターから降りる事にしました。ETC用出口から出ようと突っ込みましたがバーが直前で下りてきました。

それはビックリしました。

「なぜ?どうして?ETCカードはちゃんと搭載しているのに・・・」バーにあわや突っ込むということと料金所で停車して後ろから激突される!!という恐怖にパニック状態。

遠くにいる係員が何か叫んでても聞こえず、キッコエッマセーンと叫ぶ私bomb

後ろから来る~と恐怖に怯えた私の車の前に突然係員が現れました。地下道を通ってすぐ横に移動
してきたらしいのです。(地下道があることを初めて知りました。)

ETCカードを出して前の空き地に移動して待ってて下さい。と言われバーを上げてくれました。

ホッと一息。助かったshock

「昨日高速に乗って、高速から降りずにいましたね。」「はい」「高速に乗って24時間以上経ったらこれからはETCカードを一般料金所の窓口に出してくれればいいですよ。」と優しく教えてくれました。

 パニクッているおばさんを憐れに思ったのでしょうか。

Uターンして上り車線の料金所を通り過ぎようとしたら、また バーが降りてきました。

きゃーまたーと思ったらETCカードがちゃんと入ってませんでした。

係の方から笑顔で「お気を付けて御帰り下さい。」と初めて言われました。

そして事故もなく無事帰還することができました。

色んな親切と優しさを一杯頂いて感謝、感謝です。「皆様 ありがとうございました。これからもドジな私をお助け下さいませ






 奇跡と言えば「ロレンツオのオイル」が浮かびます。


 原因不明の難病に侵され、当時治療薬が無く二年しか生きられないと医師に告げられ
わが子を救うために銀行員の父親が図書館に通い、生化学を勉強しある種のオイルがこの病気の治療になることを突き止めたのです。
 もはや寝たきりで意識のなかったロレンツォ君にそのオイルを与えたところ、ある日突然言葉を喋って 皆奇跡だと驚いたという、そして今も多くの人がそのオイルで救われているという実話に基づいた映画です。

  3年前 京都に入院中このビデオを見たときには深く感動しました。
 私も原因不明の難病であり完治は望めないということで、この映画のように奇跡は起きないものかと思っておりました。

  3回の入退院から1年経った今の私の病気は、手足の筋力は以前の7割程戻りましたが、足の痺れと歩くと膝から下が締め付けられ痛くなり長距離や長い階段は歩けず、走る事も出来ません。
 手先の痺れも今年になって出てきました。」
 この足では脚力を鍛えるという事も出来ず、加齢とともに衰えて車いすの生活になっていくのではという漠然とした不安がありました。


 知人が九州博多の漢方薬を飲んだところ、原因不明の口の痺れや口内の不快感で長年苦しんでいたことが嘘のように治ったという事を聞きました。

聞いた瞬間、「これだ!!」と思いました。

 病院では痺れを治す薬は無くこの先も治る見通しが立たない私にとって「藁にもすがる思い」でした。

四日市でのアート宙様のセミナーに参加する日に合わせ、①博多の漢方薬局の日時と②名古屋発博多行きスパ付き夜行バスと③福岡発セントレア行き航空チケットを予約して一人で行っても大丈夫なように万全の体制で臨みました。
 
「関門大橋と夜行バス」・・・朝トイレに行こうとバスを降りて大きな橋にびっくり仰天。
この橋は何橋ですか?と運転手さんに聞いたらしばらくして関門海峡・・・?と言ったので二度びっくり
アート宙セミナー博多行き 017.jpg
昨夜の20時30分に名古屋出発し8時間ではるばる九州に着いたんだと感無量think

 7時半に博多駅前に到着。
歩いて10分の温泉に行きゆっくりと湯船に浸かって旅の疲れを癒しました。

 10時からの予約で漢方薬局に行きました。
座ってください。と椅子に座った私の顔を見るなり「あなた、顔も首も背中も右に曲がっているわよ。」と漢方薬局の代表に言われびっくりeye
 30年前のガードレールにぶつかった事故のせいで曲がっていたようです。
誰にも言われた事が無く自覚もなかったので、これまでの肩こりや腰痛はこのせいだったのかと納得しました。

 そのあと舌を出し舌の表裏を見て、舌が曲がっている、舌の裏が黒いなどと言われ、それはここが悪いからこうなるんだと説明されたのですが、あまりの驚きと数の多さと早口で、言われた事を思い出せません。
 そのあと、体の状態と既往歴と難病の発病から今の状態までを延々と説明しました。

 私の説明中も「あなたこうだったでしょう、こうなったでしょう、ここがああなのよ、だからそうなるのよ。」と其の時はそうだったのかと凄く納得したのですが、やはり思い出せないほどの量でした。

 最終的に分かったのは「今までの病気の原因は、ストレスを発散できないため、腎臓が疲弊し毒素と水分を体外に排出しない為体に蓄積したことだそうです。」

「水分・資質代謝促進」、脳代謝促進(暗記力・記憶力・集中力)持久力
強化、肌乾燥、肌荒れ」、脂質強化、体内解毒、血管強化と血管内掃除、肌の新陳代謝、細胞の若返り、骨・筋肉強化、体力強化、免疫力強化、化学製剤解毒、肺臓・秘蔵強化、肝臓・胆のう強化、心臓強化、腎臓強化、胃腸強化。
 
 この夢のような効能を持った私用の漢方薬を処方しすり潰した体質改善薬と、痺れ用の粉薬を出してもらい、その場で1服づつ飲みました。
 苦くなく飲みやく(体に合っていると飲みやすいの意だそうです。)座っていました。
 5分して代表に、「どう?なんか変わってない。」と聞かれ、そんな早くに効くわけないでしょと思いながら掌を見ると、真っ白だった掌が赤味を帯び、氷のように冷たかった足が、足元からポカポカしてきたではありませんか。

 あまりのことにびっくりして言葉を失いました。
そして「ああ これで私は救われた。」と思うと涙がこみ上げてきました。
 

 一カ月分の体質改善薬と1週間分の痺れの薬をもらって福岡空港から飛行機で帰りました。
博多では温泉に入り、空港で明太子パスタと博多ラーメンを食べただけでしたが、身も心も生まれ変
わり未来への希望に輝いていたはずです、私の顔は。
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 10日経った今は、左手痺れ消失、右手は8割消失。足はしびれ5割軽減、足の締め付け感9割減。
顔に出来ていた吹き出物は、日に日に小さくなっていき、体が軽くなった気がします。

 21日、22日京都に行った際、両手に鞄を持って地下鉄への階段をたったと降りた事に自分でびっくり。   日々変わっていく体にワクワクしています。

 奇跡が起こるのでしょうか。 この後も随時報告いたします。


 4月17日日曜日 昨日大阪をスタートしたクラシックスポーツカーが紀伊半島を激走。
昨夜は白浜泊で和歌山観光名所を経由して、熊野倶楽部で昼食との情報を入手。

私と麻貴、晴道の3人はエントリーしている近藤真彦さん鈴木亜久里さん堺正章さんに会いたかったので熊野倶楽部に行きました。

突如現れた軍団の多さにびっくり。
車を停めるのにも四苦八苦。
スーパー乳母車に晴道乗せて熊野倶楽部「馳草庵」を目指して猛ダッシュdash
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暫く待っていると続々スポーツカーが到着してきました。
50年以上前のスポーツカーで車種限定ということで、日本でも余り多くない名車がずらり。
50台余りがエントリーしていました。

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堺正章さんの愛車。 正章さん自ら運転していて小柄で細いので びっくり。でも素敵でした。
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近藤真彦さんが到着した途端群衆ヒートアップ。女の人が車を取り囲む。
なかなか車から降りられず、降りた途端マッチの背中にペタペタボディタッチしてましたね。

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鈴木亜久里さんの愛車。亜久里さんは直に見てもやっぱり真っ黒でした、笑顔がさわやかでかっこいい。
とても気さくな方で晴道と握手して頭をなでてもらったと麻貴ママ大興奮。
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ドライバーさん食事しているのを、窓越しのブラインドの隙間から覗いているギャラリー。
麻貴ママも晴道抱っこしながら果敢に挑戦。
マッチとアグリさんが同じテーブルで話ししながら昼食していたと報告が入りましたhappy01

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食事が済み休む間もなく募金活動されていた堺、鈴木、近藤真彦さん達。
本当に御苦労様。

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他の方々もお疲れさまでした。あと尾鷲経由合歓の郷で一泊されるとのことでした。
お疲れ様~お気をつけて~
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みんなが手を振って声援を送る中 マチャアキさん、アグリさん、マッチさん手を振りながら颯爽と
走って行きました。

ラリーが始まって3日目の18日の成績
7位 近藤真彦さん
11位 鈴木亜久里さん
13位 堺正章さん
19日に大阪城がゴールだそうです。

震災後沈んでいた気持ちがこのイベントで久し振りに晴々しました。

「何事も前向きに行動しなくては始まらない。」ということを教えられた有意義なイベントでした。

 mami-2011年3月 002.jpg  一昨年、昨年府立医大病院に入院中 主治医になって頂いたT先生。
早朝から夜遅くまでいつも元気で働いていらっしゃいました。
休日にも拘らず 時間の掛かる検査をじっくりやりたいからと出勤されたり いつも患者のために
身を粉にして働かれていて こちらが過労で病気にならないかなと心配するほどでした。

そのT先生が4月1日に転勤されるということで、最後にぜひとも神経伝導検査をしてほしいとの私の我儘を聞いて下さいました。
 二人の後ろにある機械が必殺「神経伝導検査」を遂行する機械です。
患部に針をつけて電気を通しその伝導速度の値で、神経の悪化や回復度を測る機械です。
とっても痛くて嫌な検査なんですが、唯一私の神経の病気のバロメーターになる検査なので
じっと検査が終了するまで耐えています。

 20分後無事検査終了いたしました。
「野地さん ほとんど正常に近い値が出ましたよ。」と笑顔で報告してくれました。
「ありがとうございます。先生はじめ皆様のお陰です。」(ウルウル感激!)

私の病気は完治はないけれど、寛解といって症状が治まっているに近い状態らしいです。
T先生とは名残惜しいですが、先生の未来のために色んな経験を積んでください。とお別れいたしました。

 日帰りの受診だったため、京都まで自分で運転して行きました。
其の為 前から行きたかった室町にある「永楽屋」に寄り「三笠」を買うことができました。
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私はここが本店で四条店が支店だと思っていたら
ホームページで反対ということが判明しました。
 兎に角 少量の購買客でも「どうぞ飲んでおくれやす。」とお菓子とお茶を出して下さる
サービスと重厚なお店の佇まいと しっとりとした粒あんとふっくらと柔らかい「三笠」が大好きです。
 暫くお話をして 許可してもらったお店の写真を撮り、モデルになってくれた方が社長と
思っていたらどうやら先代社長だったようです。

 京都の年配の男の方はプライドが高くシャイで近寄り難いですが、こちらから話しかけると
親切で話し好きな方が多く 色んな事を話してくれます。

 良いですねえ、京都。
 職人気質が残っている町。
 伝統を頑なに守り続けている町。
 質素、倹約に努め、ここぞという時に一流のものにお金を惜しまず、 旦那様を支えてそれを
 見せな い しっかりもので賢い京女。
時々訪れる私には、それぞれが魅力であり奥深いものであると感じて 飽きることがありません。

これからも ずーっと京都に行きます。
まだまだ 見るところが一杯ありますから・・・・・
御世話になります。京都の皆様lovely


 
  何不自由なく暮らしていた事が当たり前だと思っていた毎日でした。

2011年3月11日以降 当たり前だと思っていたことの全てに感謝する毎日になりました。

今だに先の見えない被災地やその周辺地の皆様の心境はいかばかりでしょうか・・・



どうか 原発の放射能汚染だけでも一日も早く終息させてください。

命をかけて現場で復旧に携わっておられる総ての方々の安全をお守りくださいと 
すがるような気持ちで毎日祈っています。


 絶望の二文字がテレビを通して伝わってきますが、子供たちの頑張りや明るさに救われ 
逆に励まされています。

子供は天使のような存在です。天使を創った方は子供を見ていてその素晴らしさに感激して天使様を
創ったのでしょうね。きっと!


東北大震災から8日目の3月19日アート宙様ギャラリーでミネハハんのコンサートが催され、
ギャラリーに行くのは初めてという弊社の麻貴と晴道と三人で行きました。

音域が広く珠玉のような美しい歌声を聴いて、なるほどCMソングの女王と言われるのも納得しました。

 ギャラリーで歌うと 素晴らしい歌声もより深みが増しミネハハさんの表現力も加味され
この世のものとも思われない何曲もの歌が 痛んだ心に沁み入りました。


ありがとう地球」     作詞 岩堀 美雪

木は黙って切られ 黙って倒れる 人が空を汚しても 黙ってそこで呼吸する

私たちは利用するばかりで この地球に感謝したことがあっただろうか

ただの一度でも心を心込めて 「ありがとう」といったことがあっただろうか

傷つけても 傷つけても 傷つけても黙って耐えてたこの星に

何かを返したことが あっただろうか

土は草を育て 草は生き物を育てる

自分のためとか何かのためじゃなく 黙ってたえてたこの星に

何かを返したことが あっただろうか


土は草を育て 草は生き物を育てる

自分のこととか何かのためじゃなく そこに生きてそこに朽ち果てる

そうやって何年も何百年も 何億年も生きてきたルルルル・・・・

空が青い この地球 海がきれいな この地球

緑あふれる この地球 ふるさとの星 この地球

ありがとう ありがとう ありがとう 地球

みんなが空で みんなが海 みんなが緑で みんなが地球

人が汚したこの星を 必ずきれいにして返すから ララララ


この歌は ミネハハさんが歌っている歌です。

いつか いつか 東北の方々も聞いて歌ってくれる其の日が来ることを 心より願っております。

2011年ギャラリーにてミネハハコンサート 001.jpg

 ある日、朝早くからママはバタバタしてました。

どうしてこんなにママは頑張っているのか分からないけど、僕も大人しくママと一緒に車に乗って行きました。

いつもと違う広ーい駐車場に着きました。

抱っこされて着いたところが広ーいお家でした。

広いところに小さなお家を作っていました。

僕は其のお家で遊びたかったけど、出来あがったらママと一緒にいつものバアバがいる所に行きまし

た。

次の日も、次の日も、次の日もママは朝からバタバタしていました。

いったいどうしちゃったんだろうー???

でも僕は文句も言わず、ママと一緒に車に乗って広ーい駐車場の広ーい所に行きました。

でもあんなに広かったのに色んな人が一杯いて、大きな木が立ってて、僕が見たことのない

物がたくさんありました。

僕は毎日バギーカーに乗って 小さなお家の横で色んな人が来るのを見ていました。
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僕は初めて見る人を観察するのが大好きなので、退屈しませんでした。

子守りのバアバは時々バギーカーを押して探検に連れて行ってくれたので、僕はとっても

どきどきしたけど興味津々delicious 体をのり出してバギーカーから落ちそうだと言われたけど

そのほうがスリルがあるさーsmile僕はいつも体をのり出してたね(笑い)?

毎日毎日楽しくって、珍しくって、泣かなかったサーほんと、泣く暇もないぐらい興奮してたのね。

周りで毎日立ってたおばちゃんたちが、「この子はちっとも泣かへんねー」って感心してたけど

おもしろかったから泣かない。色んな人に抱っこしてもらって「可愛い、可愛い。」と言ってもらって

もう 最高だったよー。

最終日に僕の従姉妹の「ほのか、のどかおねえちゃん」も来てくれたので最強でした。
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下北山からバスに乗って遊びにきてくれた 中学生のお姉ちゃんに「かわいいー」と言って

抱っこしてもらって御機嫌な従姉妹でした。

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ものづくり博の会場ではお雛様も一杯飾ってあってとても綺麗だったよ!

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隣のブースのお姉ちゃんも可愛いって遊んでくれたよー

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最後にほのかちゃん撮ってくれたけど、もう僕飽きちゃったー 遊びたいよー。

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